2006年10月21日
あの日から
2004/10/23…
そう、あの忌まわしい日から もうすぐ3年目を迎える。
国道開通したとはいえ、未だ手付かずのところもあることは 一般の方にはそう知られていないのではないだろうか…。
あの日…トラックに乗って支援物資を真っ暗な現地に届けた。街灯も信号も何ひとつ明かりといえるものがない真っ暗な街…。不気味だった…。
車のヘッドライトと黄色や赤色の回転灯だけが唯一の明かりだったのではないだろうか…。その唯一の明かりに照らされて、車中にぼんやりと見える毛布に包まれた老婆の姿…。悲しかった…。
ガソリンスタンドに並ぶ長蛇の車の列…。
ブルーシートで屋根を覆う家屋…。
突き出たマンホール…。
波打つブロック塀…。
大きく口を開けるアスファルト…。
真っ暗な駐車場で営業するコンビニ…。
そのすべてが現実なんだと実感するまでにどのくらいの時間が経ったのだろう…。
何度となく炊出しに出掛けた小国町。
久しぶりに今日、現地を訪れた…。役場、公民館、ライスセンター…。
あの炊出しの時に得られた経験は今でも忘れはしない…。
何度も「ありがとう…」と、涙ながらに炊出しを手にする老婆の顔が忘れられない…。
笑顔で何度も話しかけてくれた中学生の女の子…。
駄菓子を嬉しそうに受け取ってくれた小さい男の子…。
夜、翌日の炊出し準備中に突然襲う 大きな余震…。
地面から聞こえる地震前の地鳴り…。
あの日の出来事を あなたは忘れてはいませんか?
あの日のままの現実…未だに今日も残っている場所があるんですよ…。
あの忌まわしい あの日を忘れないでほしい…。
あの日から得られた教訓を生かそうと、NPOキャンパーhttp://www.camper.ne.jp/npo/は今日も動き出しています。
自分が住んでいる所は、
生まれてから現在に至るまで災害が少なく、
恵まれた環境で育ってきました。
そのせいか、災害に対する意識が少なく、
何度か、ADRIAさんのブログ記事を拝見していても、返すコメントが見つからず、
何処か他人事でしか考えてない自分がいるから、
たぶん自分の家は大丈夫と考えているから
まして平和に暮らしている我が家が話をしても、
被災された方に、ただの慰め程度にしか聞こえないのだろうと・・・
なんてノンキな自分なんだろう!ってたまに思うよ。
ホントに恥ずかしくなる・・・
2年ですか・・・・頑張れ中越!
たにやん、excel-bさん
「災害は忘れた頃に…。」
本当にその通りだなぁ~って思うんです。
この中越地震も我が家からは距離もあり、炊出しを終えて地元に戻ると、なんと平和なことか…。パチンコ店は繁盛し、携帯mailしながら自転車乗ってる高校生…。
同じ県民として恥ずかしく思う一面でした…。
災害に対する意識って、たぶん大抵の人はそう感じていないんぢゃないかな。実際オラもそうだしwww
震災直後、仕事で現地に行って初めて現地の状況を目の当たりにして、オラに何か出来ることって無いんかなぁ~って思ったんです。
メディアから伝えられる状況とは現地は違っていたんです…。
現地に行っても何一つ役に立たないかもしれない…という不安もありました。きっとオラ一人ぢゃ何も出来なかったと思うんです。
同じ気持ちを持つ仲間と一緒だったから…だからあの場所に行けたんだと思うんです。
恥ずかしいって思う必要は無いと感じるんです。気にかけてくれているその気持ちだけでも十分だと思うんです。
職場でも被災された方が沢山います。
已む無く職場を離れた方もいます。
今でも仮設で暮らしている方もいます。
あの日以来、家族がバラバラで暮らしている方もいるんです。
被災した自宅を建て直すことすら出来ないのが現状なんです。
あれから2年。本当に…本当に頑張ってほしい…。
本当の復興なんて…これからなのかもしれない…。